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東北大学工学系女性研究者育成支援推進室 ALicE

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#11

放射性同位元素をトレーサーとする生体機能イメージング

放射性同位元素をトレーサーとする生体機能イメージング

志田原 美保 講師

東北大学大学院工学研究科 量子エネルギー工学専攻 

(東北大学サイクロトロンRIセンター サイクロトロン核医学研究部 兼務)

 

放射線を用いて、体内の様子を画像としてみるための医療装置や技術。そのなかに放射性同位元素をトレーサー(追跡のために加える物質)として体の分子を可視化し、体の働きを知ることができる技術があります。私は、東北大学に入学してからこの技術を知り、「放射性同位元素にこんな活用法があるの!どうやって?!」とその仕組みにがぜん興味をもちました。専門書籍を読み原理がわかっても、実際どのように使われるのか、どのような技術的問題があるのか、より良い医療のためにどういう技術が必要なのか興味は尽きず、博士号を取得の後、国内の研究機関で研究職に就き、気が付けば大学教員になっていました。

憧れの東北大学へ入学、直後にまさかの路線変更

私は島根県益田市出身です。高校まで過ごした島根の実家では、母親と父親が働きながらあたりまえに家事・育児を分担していました。父親が制服にアイロンをかけたり、弁当を作ったり、具沢山のみそ汁を作っていた姿をよく覚えています。理系に進学する女子学生が少ないことは認識していましたが、自分が希望する進路を選択し就職(+結婚・出産)する将来像に全く不安はありませんでした。

小学生の時にチェルノブイリ原子力発電所の事故があり、子ども心に安全な技術開発が必要と感じ原子力や放射線に漠然と興味を持ちました。また、本を読むことが好きで女性が何かしらに打ち込んだ姿を描いた伝記や物語の中に人生のロールモデルを探したりしていました。このような背景もあって、高校時代には「研究第一主義」「門戸開放」「実学尊重」の東北大学に憧れ、原子力の核燃料廃棄物処分の勉強ができる工学部を目指しました。東北大学に合格し、地元を離れる時には「原子力の関係企業に就職して島根に戻るよ」と親に伝えていました。しかしながら、入学して間もなく、様々な研究室の研究紹介を聴く機会があり、後の恩師となる中村尚司教授(現・東北大名誉教授)が放射性同位元素の医学利用技術について、「薬を構成する元素を放射性同位元素に置き換えても、同位体だから化学的性質は変化しませんが、放出される放射線を目印として計測・データ処理すると生体内での薬の存在がわかります。これは、様々な薬に応用できる汎用性の高い方法です」と説明されて、とても興味を持ちました。その後、幸いにも中村研究室で研究をさせていただくことができたことから、入学までには全く考えていなかった大学院への進学、そして、研究職としての進路を選択することになりました。

画像から生体情報を抽出することの面白さ

 
放射性同位元素をトレーサーとして薬に標識した放射性薬剤(放射線を出す薬)を体内に投与し、体の機能を調べる検査法のことを「核医学検査」といいます。1980年代から臨床応用が始まり、現在多くの大規模病院や研究機関で実施されています。
代表例として、グルコースに似た糖類にF-18(フッ素の放射性同位元素)を標識したFDG(フルオロデオキシグルコース)という放射性薬剤を用いた「がん診断」があります。FDGは、エネルギー源として細胞に取り込まれ、解糖系に進まずに細胞に留まる性質があります。特に、増殖にエネルギーを大量消費するがん細胞ではFDGが多く集まり、このFDGの集積を検査画像として知ることができます。私の叔父ががんになった時に、この核医学検査を受けました。化学治療が終わった時にもこの検査をうけ、寛解(かんかい)と診断されました。このように核医学検査、画像に含まれる臓器や解剖領域の信号値をもとに、病気の診断や治療方針の決定や予後を予測します。

現在、私が行っている研究は「核医学検査装置の計測データ処理や画像解析」で、実験ではサイクロトロンRIセンターの機器を使わせていただいています。放射性薬剤の体内動態を画像解析し、生体情報を推定する研究では、目の前の画像から解析によって体の中のいろいろな情報を抽出できることに醍醐味を感じています。この大事な信号値は、検査中の体の動きや解像度など様々な理由から信頼性が低下するため、信号値の精度を向上させる技術開発も行っています。最近では、放射性薬剤を新規開発するためのコンピューター支援によるスクリーニング技術の開発をしています。特に、候補薬剤を仮に人間に投与したら、体内でどのような分布となるか、診断でどれだけのインパクトがあるのか計算し予測する技術を開発しています。日々様々な病気の患者さんが医療機関を受診されています。先端技術で得られた情報によって、これまで見抜けなかった患者さんの体の中の状態が新たに分かるようになり、それが早期の診断・適切な治療につながり、最終的に患者さんの健康寿命を延ばすことにつなげることができればと考え日々研究をしています。

転機となった学外研修・留学

研究キャリアを築いていく上で、多くの方々との出会いや導きに助けられてきました。その中でも大きな転機となったのは、大学院時代の学外研修と、研究職に就いてからの英国留学です。

大学院に進学した頃に、開発技術が医療現場でどのように応用されているのか、研究の出口がとても気になるようになりました。そこで、放射性薬剤の体内動態モデル研究で世界的に有名な飯田秀博先生(現・Turku大学PETセンター/奈良先端科学技術大学院大学 客員教授)に研究生としての受け入れの相談をさせていただき、飯田先生が所属されていた病院併設の2つの研究所(秋田県立脳血管研究センター、国立循環器病センター研究所)で2年半の学外研修をさせていただきました。医療のことを知らない工学部出身の私が、患者さんを身近に感じ、病院の医療従事者のみなさま、病院の医療従事者と議論しながら研究する研究者の方々とお話しする中で、また、著名な研究者の研究所訪問に関わることで視野が広がり、自分はこうなりたい、こうしたいということを考えることができました。博士論文では、O-15標識放射性薬剤で健常者の脳血流・酸素代謝率・酸素摂取率・血液体積をモデル推定する臨床研究を行いました。優秀な研究者の多い環境で、いつも上を見上げて、出来ないことに落ち込むこともありましたが、その時のあらゆる経験が今でも生きています。

また、研究機関の研究職に就いていた時に、脳科学と数理を融合した生体機能モデルの研究を行っていた英国Imperial College LondonのFederico Turkheimer教授(現・King’s College London教授)の研究室に短期留学(2カ月×3回)をしました。底抜けに明るい人柄と、私がどのようなことを考えているかを傾聴してくれるオープンなスタンスに感銘を受けました。いつも誰かが研究の議論をしたくて研究室に来て、時には廊下に行列ができていることもあり、「もうやだ、俺は隠れる!」と扉の影で大きな体を小さくしてパソコンに向かっていたことをよく覚えています。私は、画像の高解像度化アルゴリズムの開発研究を行いましたが、現地の研究会に飛び入りで研究発表をさせていただいたり、国際脳循環代謝学会の若手奨励賞のファイナリストに残るなどの経験をし、多くの研究者との交流が生まれました。この共同研究は5報の論文発表につながりましたが、特に、1報目の論文執筆のやりとりがとても楽しかったことを、今も嬉しい気持ちで思い出します。平時や大変な時など、当時を振り返りながら、自分の原点を確認しています。

日々の暮らしについて

結婚・出産というライフイベントを経験したこともあり、研究とプライベートの両立については試行錯誤が続いています。これまでの経験でわかったのは、全てを自分ひとりで抱えずに周囲に協力を求めることが大事だということです。育児については近隣に頼れる親族はいないため、家族と家事育児の分担をし、それと同時に、保育園、シッター、学会託児、学童などを利用してきました。現在は、東北大学工学系女性研究者育成支援推進室(ALicE) の研究支援要員制度を活用し、事務手続きなどをお手伝いいただくことで、自身の研究時間を捻出できるようになりました。
東日本大震災後に花のもつ色彩に強く心惹かれるようになり、イングリッシュガーデニングが趣味になりました。太陽の日差しを浴びながら土を触り、電動芝刈り機を運転、がむしゃらに草むしりをしている時に、研究のことをぼーっと考えることができるので一石二鳥です。東北大の公式ロゴの花は「紫の萩」ですが、園芸品種(バプティシア)では、紫だけでなく黄・白・茶・青など様々な花色があり、これらを庭に植えて密かなダイバーシティーを楽しんでいます。

工学を目指す人へのメッセージ

今回の執筆で、自分がまだ知らないことに出会う喜び、ここぞと思ったら腹をくくって飛び込む行動、いろいろな立場の方がいる環境を経験できたことなどを経て現在の自分があることを再認識できました。これらの振り返りから、工学を目指す方へのメッセージとして、「ご自身の感性、特に面白いと感じる感覚を大事に」ということをお伝えしたいです。また、何か面白いものが見つかった時、「なんで面白いと思うのだろう」という背景を探ると、思いもよらない自分の考え方に出会うことがありますし、そこからいろいろな可能性が広がるのではないかと思っています。私の例のように、大学に入学してからも人生を変える出来事はたくさん待っています。「面白い」を大事にしてください。

PROFILE

志田原 美保 講師|しだはら みほ

東北大学大学院工学研究科 量子エネルギー工学専攻 
(東北大学サイクロトロンRIセンター サイクロトロン核医学研究部 兼務)

博士(工学)
島根県出身、島根県立益田高等学校卒業。
東北大学工学部、同大大学院工学研究科に進学し、在学中に国立循環器病センター研究所、秋田県立脳血管研究センターに長期滞在。博士号取得後は、国立長寿医療研究センター、日本学術振興会特別研究員(PD)、放射線医学総合研究所、東北大学大学院医学系研究科を経て現職。放射線医学総合研究所に在職中に、Imperial College London, Johns Hopkins Universityに短期留学。
IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers) Sendai Women in Engineeringで女性研究者の背中を押す活動に参画中。

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