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東北大学工学系女性研究者育成支援推進室 ALicE

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#15

新しいガラスでより良い未来を

新しいガラスでより良い未来を

小野 円佳 教授

東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻

 

小さい頃から自然に興味を持ち、物理学が不思議で複雑な現象をシンプルに美しく説明することに魅せられてきました。会社員、大学教員との併任、そして大学教員へと立場が変化しましたが、自然現象への純粋な興味と、研究を通じて世界とつながりたいという思いが常に自分の軸にありました。

こどもたちにも「きれい」や「面白い」という不変的な感動を基に社会で活躍してほしいと思い、文部科学省の令和4年度学習資料「一家に1枚 ガラス~人類と歩んできた万能材料」を企画・制作しました。このポスターは英語や中国語など複数の言語に翻訳され、外国でも教育に利用されています。ガラスは太古の昔から人々の生活を支え、レンズや眼鏡などの光学素子、真空機器や派生した計算機など、現代科学の礎を成す材料です。きれいで光との相性が良く、複雑な未解明現象を多くもつガラスを対象に、楽しく研究をしています。

複雑なガラスを物理でひも解く

小さい頃は「忍者になりたい」、「宇宙人になりたい」と言っていた変わり者でしたが、小学校では上野動物園主催の生き物の観察会や、科学博物館の友の会に属し、炎色反応や化学実験を自宅でも楽しんでいるような子どもでした。この世界で起こるいろいろなことが、限りある考え方や法則で説明できるということに感激して、科学者になりたいと思っていました。中学校ではブルーバックスを愛読し、量子力学や相対性理論を分かった気になって喜んでいました。私の父は大学で機械工学を教えており、小学生の私に対して微積分を使って速度と距離の関係を説明する人でしたが、拒否せずに自分も科学者を目指したのは、幼い頃からの刷り込みがあったためと思います。地元の小中学校から都立高に行き、高校生の頃の塾で、微積分を使った物理の授業を受け、その簡潔な面白さに「そうだ 物理 いこう」と即決しました。

大学では工学部物理工学科に進み、実験実習で、白色光を分光したときの美しさ、自然界のつくる偏光像の面白さに魅せられました。卒業研究では光の研究室に入りましたが、材料開発をやりたくて「新領域創成科学研究科」の第一期生になりました。研究は楽しかったのですが、たまたま訪ねたAGC(当時 旭硝子)株式会社の特別研究員の方が「ぜひガラスを一緒に研究しようよ、面白いよ」と熱く語る姿(3時間以上!)が、私の思い描いていた研究者そのもので、「こんな思いでいられる場所ならいいかな、ガラスの研究をしてみよう」と思い、この会社に就職しました。

量子通信を担うガラスを

大学で光物性を専門にしていたので、会社でもガラスと光のテーマが主でしたが、その他に機械的強度の向上、熱物性制御、表面反応制御など、多岐にわたる課題とお客様対応を受け持ちました。従来のガラス研究を物理学的視点から見ると、奇妙な関係式や経験式がたくさんあり、解明したら面白いと感じる部分がありました。ただし企業では、わからないから研究しようとはなりません。会社の利益になると納得させて初めて研究が許されます。論文化に至っては、外に出せる内容かどうか、会社にメリットがあるかについても判断されるので、社外でも通用する研究者となるためには継続的努力が必要でした。現在私が中心に据えている研究は、次に紹介するシリカガラスの究極的な透明化に関するものですが、これも会社で続けられた期間とそうでない期間があります。

近い未来、日本全体が量子コンピュータにつながる「量子インターネット」の実現が期待されています。安全で信頼できる量子暗号通信は一日も早い普及が求められていますが、量子情報は古典光のような「増幅」が不可能なため、通信経路における光情報の損失が極めて重大な影響を与えます。常時途切れない安定した通信を実現するには、地上での有線通信が不可欠であり、生産性や原料供給などから鑑みてシリカガラスを伝送媒体として用いることが最も現実的です。シリカガラスを光情報が通る際の光の損失係数が、30年以上も下げ止まっていたのですが、私の研究で、従来の温度による方法と全く異なる圧力を掛けるという方法でこの光損失係数を半分以下に低減できることがわかりました。この手法は量子光に対しても損失の低い光ファイバを作ることにつながり、量子インターネットの普及に役立つと大いに期待されています。ガラス会社ではこの研究を継続しにくいことを不思議に思われるかもしれませんが、会社では自社の強みや必要な開発期間、予算の縛りが強く、意外にも自分の過去の専門に縛られることもあるため、難しいところがあります。今や縛りから解放され、大学でやりたいことがこれ以外にもたくさん!あります。

ワークライフバランスはフレキシブルに

東北大学では単身赴任の形で働いています。自宅は首都圏にあり、平日は夫が子供たちの生活を支えてくれています。私は平日を仙台、土日は自宅で過ごします。夫は料理が上手なので任せていますが、最近は大学生の長男も料理を振舞うようになり、助かっています。東京にいる両親も週に2日ほど子供の送迎で手伝ってくれますが、私が単身赴任になってからは小学5年生の次男が三男の面倒をよく見てくれるようになり、小学2年生の三男も電車とバスを駆使して一人で習い事に行くようになりました。1週間毎に目にする子供たちの成長は眩しく、意志を共有し、お互いへの思いやりがあると、良い方向を見つけられるのだと感じます。

平日は思う存分仕事ができ、早朝出勤や深夜帰宅となってもそれが自分のワークライフバランスだと思っています。仙台でジム通いを始め、生活のタイムキーパーとして重宝しています。夫は土日に運動ができるように調整しています。以前はバイオリンを習っていましたが、今の生活パターンに組み込むのが難しくお休みしています。理系には、自分が定めた理想に添えないとストレスを感じるひとが多いかもしれません。私もそういうところがありますが生活に関してはとにかく柔軟性を意識しています。東北大学で働き始めた直後は、事務処理方法が前職の会社とも北海道大学も違っていて、慣れるのに苦労しました。でも、専攻事務のサポートやALicEの支援もあり、今では研究活動をスムーズに進められています。生活でも仕事でも周りの方々の協力があるのでなんとかやってこられましたし、これからも大丈夫そうだと感じています。

工学を目指す人へのメッセージ

私は、社会に役立つ研究をしたいと思い、大学で博士号を取得してから会社で働く道を選びました。論文執筆や国際会議での発表技術、PhDを持った状態で社会に出たことが自分を強力に支えてくれたと感じます。入社してすぐ国際会議での発表、米国やドイツの会社との交渉、共同研究を任されました。会社は研究テーマが頻繁に変遷し、短期間で明確な目標を達成することが要求されます。大変ですが、自分の考える戦略が受け入れられれば大人数を動かして大きな仕事ができ、刺激的で達成感があります。出産前後の動けない時期があっても、戻って活躍することが期待されていたと感じます。

皆さんが工学を目指すのは、社会に学びを還元させたいという気持ちがあるということだと思います。社会も皆さんの活躍を期待し、活用したい、しなければいけないと思っています。安心して大学での学びを糧に、社会での重要な役割を楽しんでください。ただし、安心はしても、会社や学会などの一つの集団の中で慢心することなく、外とのつながりを広げることを意識し、自分の固有な立ち位置を得ることが大切だと思います。良い研究や科学技術に国境も年齢も男女の違いもありません。皆さんの活躍はどこにいっても純粋に喜ばれます。最後に一つだけ、皆さんに意識してほしいことがあります。それは、英語での発信力を高めること。英語自体を堪能にすることではなく、英語で主張出来る技術を身に着けることです。良い発信内容を構築し、日本人でまとまらずに前に出ることを意識すれば、いつかそうなれます。分野のリーダーとして、皆さんが世界で活躍することを心から応援します。

PROFILE

小野 円佳 教授|おの まどか


東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻

東京都出身。都立八王子東高校、東京大学工学部物理工学科を経て、2004年に同大学院新領域創成科学研究科物質系専攻で博士(科学)を取得。AGC旭硝子(現 AGC株式会社)に就職。2019年から当時初めてのクロスアポイントメント制度による北海道大学准教授とAGC社員の併任(50%兼務)。1週間毎に横浜と札幌を往来する勤務体系を3年半経験した。2023年4月より現職。専門は光物性物理学、ガラス。文部科学省発刊の令和4年度学習資料「一家に1枚 ガラス~人類と歩んできた万能材料」の企画・制作チーム代表。2022年に第12回小舘香椎子賞を受賞。趣味は家族と城めぐり。

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