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東北大学工学系女性研究者育成支援推進室 ALicE

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#14

パーソナライズされた支援システムでwell-learningを実現したい

パーソナライズされた支援システムでwell-learningを実現したい

細田 千尋 准教授

東北大学大学院情報科学研究科 人間社会情報科学専攻
東北大学加齢医学研究所 脳研究部門 認知行動脳科学分野

 

子どもの学業成績の低下は、子ども自身の生活面の意欲低下や低い自己肯定感につながることに加えて、保護者の高ストレスにも繋がることが知られています。さらに、保護者が高いストレスを抱えていると、子どものウェルビーイング(well-being:良好で満たされた状態のこと。幸福とも訳される)も下がるという悪循環が生まれます。実際に、日本の子どもたちの自己肯定感は諸外国と比べて低いことは有名です。加えて、日本の生涯学習率は先進国では最低レベルです。

そこで私は「どんな事に才能があって、どんな環境や方法が苦手なのか?」という、これまで数値化できなかった個人に関する情報を、脳情報や心理情報から推定する方法の研究を続けています。パーソナライズされた学習支援法を提供することで、「ウェルビーイングな学び=“well-learning”」を生涯にわたって実現できるようなシステムの開発を目指しています。

言語学の研究から脳科学と情報科学の世界へ

このように書くと、専門は教育工学のように見えますが、実は全く違います。大学生で研究を始めた時の専門は言語学で、「脳を鍛えれば英語が得意にならないかな」と思ったのがスタートでした。今でこそ、このようなタイトルの学習本は世の中に出回っていて目新しさはありませんが、当時はまだそれほどそういう書籍はなかったのです。

大学院では医学系に進み、脳科学の視点から言語獲得についての研究をスタートします。機能的磁気共鳴画像法(MRI)という脳を調べる大型装置を用いて、一人1時間くらいかけてじっくりと脳の構造を撮像しました。その結果、脳の特定の場所が発達しているほど英語能力が高いことがわかりました。さらに、成人でも英語能力の向上に伴い脳の構造が発達することがわかったのです。つまり、脳によって語学力が決まるのではなく、語学力がつくことで脳が変わっていたということを世界で初めて証明しました。

自信過剰な脳を修正するシステム

実はこの研究のとき、大きな壁にぶち当たりました。「英語ができるようになりたい!」と切に願う、英語が苦手な大学生を対象に実験を開始したのですが、途中から半分くらいの学生が英語のトレーニングに参加しなくなってしまいました(脱落)。

数学、英語、プログラミング、国語など〇〇が苦手…。〇〇の中身は違えど、多くの人が感じたことがあることだと思います。苦手なものほど、「うまくできない→結果が出ない→やりたくない→ますます苦手→うまくできない→苦手」というループに陥り、最終的には自己肯定感(自信)が下がってしまいがちです。先ほどの実験でも、半分の人はこのループにはまったと考えられます。実際に英語以外でもトレーニングの実験をしてみたのですが、健康行動(ダイエットや食事改善)、パズル、運動などなど、どのようなトレーニングでも英語の時と同様に、半数くらいの人に「最初のやる気は高いのに途中で脱落してしまう」という現象が見られました。

最後までやり抜ける人と途中で挫折してしまう人、一体何が違うのでしょうか?私は、この問いに、心理学と脳科学から答えを導きました。一つ目は「挫折してしまう人ほど自信過剰」ということです。挫折してしまう人は、最初は「自分にとっては簡単」と思っていた(だから学習をしようと実験に参加した)のです。彼らは簡単だと思って始めたことが実は難しかったという現実に直面し、通常以上に自己肯定感が下がることもわかりました。

二つ目は「やり抜ける人ほど、前頭極と呼ばれる脳の場所が発達していた」ということです。前頭極は前頭葉の中にあるのですが、その構造の発達度合いから、最後まで学習を続けられる人と脱落してしまう人を高い確率で推測することができました。この前頭極というところは、脳の中でも自分のことを客観的に評価することに関連する部位であり、遠い将来について考える場所でもあります。つまり、自分のことを正確に理解している人ほど、より適切な目標設定をして学習を続けることができるようになり、その結果成績が上がることがわかりました。

脱落は、高すぎる目標を立ててしまうことで起きる可能性が明らかになったので、今後は脳が自信過剰な人にスモールステップで学習をさせてみました。すると、今度は最後までやりきることができた上に、脳の前頭極も大きく発達したことがわかりました。

今は、この自信過剰な脳を修正するためのシステム開発を行なっており、プロ野球球団や自治体との協力でシステムの実現化を目指しています。

泳いでリフレッシュ

研究を志す人にとって、好きな研究をしている時間はおそらくhappyな時です。ひたすら研究に没頭できる人生を送れると研究者として大成できるのかもしれませんが、私にとってはそのハードルは高いものです。振り返ると、中高時代はテニスに明け暮れていました。大学からはテニス部とは別に、プライベートの時間での水泳を始め、水泳は今でも短い時間ですが続けています。水の中に入ると、色々な悩みがクリアになる感じがとても好きです。研究で煮詰まった頭も、一回リセットされます。体育会で培った基礎体力は研究をする上でも結構役に立っている気がします。女性研究者の先生がたを拝見していると、素晴らしい研究業績を上げている傍ら、旅や食、お酒を愛するなど、研究以外の多彩な趣味を持ち、魅力的な生活をしている人が多いように感じています。それに比べて自分はダメだなと思うことも多いのですが、そんな時こそ泳ぎに行ったりしています。

ゆかりのない場所での研究生活

1年前に東北大学に着任するまで、私にとって仙台は、全くゆかりのない土地でした。私自身は「学習の個人差」という一貫したテーマのもとに、言語学→医学・心理学→神経科学・情報科学と、文理融合の多分野の視点から研究を行ってきました。ここに記載した分野の中で女性が最も少ないのは、最後の情報科学です。それ以外はもともと女性も多い分野なので、情報科学の分野に踏み入ったときには女性の少なさに圧倒されました。東北大学大学院情報科学研究科に着任した時も、女性教員の少なさに戸惑わなかったと言えば嘘になりますが、ALicE の支援を受け、また女性教員の集まりを通じて、困ったときに相談できる先生方と着任早々に繋がることができました。

プライベートでの仙台生活はかなり豊かになってきています。私は食べることや料理をすることも好きなのですが、お店で売られている魚介の種類の多さを楽しんでいます。週末には新聞紙を広げて、買ってきた丸ごとの魚を子どもと一緒に捌いて料理をしたりしています。また仙台に来てペーパードライバーも脱したので、子どもを連れて温泉や海に行ったりして、30分も運転すると様々な体験のできる、とても魅力的な土地だと思っています。

もちろん、ワークライフバランスについてはまだまだ課題が山積しています。ただ、困っている時には数々の支援制度があり、またサポートしてくれる女性研究者が分野を横断して大勢存在していることが、何よりの支えになっていることに間違いありません。仙台に来るまで、実は不安で仕方なかったのですが、一年を迎えた今「案ずるより産むやすし」という言葉を実感しているところです。

工学を目指す人へのメッセージ

今回の執筆を通じて、研究とプライベートを合わせた自分の人生を振り返る時間を持ちました。そこから改めて言えることは、「人間万事塞翁が馬」だということです。選択肢がたくさんある未来を思い描く時には、様々な可能性と同時に、リスクも考えてしまうことも多いのではないでしょうか。女性が工学系の研究者になっても…そんなネガティブな発想が出ることもあるかもしれません。でも想像通りの未来など、どんな人にも、どんな選択をしても、そんなに簡単には訪れないのではないかと思います。自分が何を面白いと思うのか、何をやってみたいと思うのか、何かを手にするために何かを諦めるのではなく、たとえば、好きな仕事とプライベート両方を充実させるにはどうしたらいいのか、そんなふうに考えながら進むことが、未来の可能性を広げていくことにつながると思います。

PROFILE

細田 千尋 准教授|ほそだ ちひろ


東北大学大学院情報科学研究科 人間社会情報科学専攻
東北大学加齢医学研究所 脳研究部門 認知行動脳科学分野

東京医科歯科大学大学院医歯学総合博士課程修了。博士(医学)
国立精神神経医療研究センター流動研究員、(株)国際電気基礎通信研究所
ATR 専任研究員、東京大学大学院総合文化研究科特任研究員、JSTさきがけ専任研究員などを得て、現職。
内閣府 ムーンショット研究目標9プロジェクトマネージャー
内閣府・文部科学省が決定した“破壊的イノベーション”創出につながる若手研究者育成支援事業(JST創発的研究支援)研究代表者。
仙台市教育局「学びの連携推進室」委員。

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