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東北大学工学系女性研究者育成支援推進室 ALicE

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#16

地域デザインの実践と探究

地域デザインの実践と探究

窪田 亜矢 教授

東北大学大学院工学研究科 都市・建築学専攻

 

人が集まって住んでいるところ、都市や集落には、どうしようもないほどの魅力があります。同時に、どうにかしなければならない問題もあります。魅力と問題は、だいたい分かち難く結びついているし、どうしようもできないことだらけです。都市や集落はあまりにも複雑な存在だからです。

それでもできることもありますし、やらねばならないときもあります。やってはならないこともあります。風景の中に身を置き、そこで暮らす人々の話を伺い、そこにふさわしい空間の形を考えて、話し合って、提案して、実現していく。状況によって調整を続けていく。そういう仕事が、地域デザインです。

現場に学び、現場に還す。現場にどのような価値を見出すことができるのか。現場に立つときは、いつも自分が試されます。いわゆる工学技術という範疇(はんちゅう)ではありません。人はいかに生きるのか。現代社会はどういう状況にあるのか。私たちは他者を尊重できているのか。私は他者から尊重されているのか。自分の問いをもって現場に立って考え続ける仕事です。

最初のきっかけ

子供のころから星空が好きでした。中学生や高校生になって、公害や環境汚染への関心が強まりました。技術を身につけたいと考えていたので、環境工学や都市工学を学ぼうと思いました。色々と学んでいくうちに、自ずと、人々が暮らしている地域の在り様を考えることが自分の仕事になっていきました。大学院生のとき、佐渡島の相川町で長期滞在しながら調査をしたことが転機でした。江戸時代に金銀山として発達した鉱山町です。寒い中、まちなかを調査していると、みなさんが声をかけてくださって、まーみかんを食ってけ、コタツにあたっていけ、と招き入れてくださるので、なかなか調査が進まないという嬉しい悲鳴をあげました。夏にはサザエご飯と鮑のステーキをご馳走になり、祭りでは闇夜に浮かぶ白装束の美しい舞を堪能しました。鉱山町の原理を深く学ぶことができただけでなく、こんなにも温かいまちがあることを知りました。

こういうまちをどう守ることができるのか。私の原点となる問いです。

ニュータウンの設計をしていたときには、地形に少しでも調和するように宅盤(たくばん)や道路を設計し、人々の暮らしに豊かさが生まれるように公共施設や公園を配置し、大きな風景を作り出そうと考えていました。
コロンビア大学に留学する機会を得て、大都会であるニューヨークの都市保全について学びました。ニューヨーカーたちはニューヨークを愛し、それを守るために真剣に、自律的に、柔軟に、住民同士の協力を楽しんでいました。都市は物理的な空間であるだけではなく、市民や仕組みも併せて、はじめて今の姿になっています。

大学の教員となってからは、全国各地のまちづくりに関わる機会をいただいています。とにかく学生さんと一緒に現場に行くように心がけてきました。
現場で、風景を感じ、住民のみなさんと協働し、行政の職員と議論することで、これからも地域に関わっていくための手応えを感じられると思うからです。それ無しでは、将来の仕事とする決断は難しいかもしれません。

東日本大震災の現場で

東日本大震災の津波と原子力発電所事故が起こったあとも、やはり学生さんと一緒に現場に通いました。

津波被災地域としては、岩手県大槌町赤浜地区です。大槌町から復興コーディネーターを拝命し、災害危険区域の指定や復興土地区画整理事業の実施、防潮堤の高さ決定などに携わりました。同時に、学生さんたちと一緒に赤浜地区の歴史を調べて展示したり、住民の方と一緒にインタビューによって避難行動を記録して冊子にしたりしました。こうした経験には失敗や反省がつきものなのですが、次の被災現場に役立つに違いないと、一連の経緯を経験として書籍にまとめました。書籍として出版することには大きな不安がありましたが、赤浜住民の方に「自分は避難生活を地区外で過ごさざるを得なかったので、再建状況について全く知らなかったが、この本でよくわかった、ありがとう」と声をかけていただき、安堵しました。

原発事故被災地域としては、福島県南相馬市小高区に、住民・行政・大学の協働の場として「小高復興デザインセンター」を開設、共同運営しました。修士課程在籍時から小高に関わっていた学生さんが、修了したあとも現地に3年間住み込みました。そして、何が今問題なのか、どんな取り組みに意味があるのか、私たちは何を手伝うことができるのか、じっくりと理解する体制を組めたからこそ、ようやく可能になった方法でした。まちなかの思い出を語ってもらってマップにしたこともありました。取り戻したい風景の本質は、その中にあると考えたからです。集落単位で何かしたいけれど何をしたいかわからないという方々とは、話し合いの場を持ちました。話し合いを繰り返すうちに、「人は減るけれども土地は減らない」という状況を課題として立ち向かおうという集落の意思が固まってきました。住民の方々は新たな組織を立ち上げるに至りました。

「小高復興デザインセンター」としての活動は終えましたが、今も新しい学生さんたちは小高に通って多くのことを学び、また応援できることがあれば応援しています。原発被災地域での活動には、多方面から様々な批判を受けますが、一口に原発被災地域と言っても、自治体はもちろん集落によっても状況は全く違います。時期によっても変わります。現場に身を置くことの大切さはどこでも変わりはありません。

様々な現場で

世界では、難民が激増中で、2023年に入って1億1000万人に達したといわれています。73人に一人は難民です。難民の置かれた状況は極めて厳しいものです。
ケニアのカクマ難民キャンプは、スーダンの内戦が勃発し避難を余儀なくされた3万人程度を受け入れるために、1992年に設立されました。一時は16万人程度が暮らしていたこともある世界最大規模の難民キャンプです。そこで調査してわかったのですが、難民は、難民高等弁務官事務所(UNHCR)から与えられた布や鉄板で家やトイレを作るだけではなく、それまでに習得していた技術で囲いを作り、庇(ひさし)を設け、出入り口を付け足すなどして、家族や同じ部族の仲間との共同生活を成立させていました。しかしそうした手入れによって構築された環境は、密度が高く、管理する側は改善すべきものと捉えていました。

難民キャンプという言葉を聞いたことがある人は多いかもしれません。どのような暮らしが営まれているのか、土地をどのように使っているのか、そのような実態を見ることが重要です。難民キャンプに固有な点として、土地を所有したり金銭を稼いだりすることができません。財政面だけでなく精神面でも厳しい状況に追い込まれており、地域の空間的なデザインを整えるだけでは十分ではなく、制度面も改善する必要があります。また、生活環境を追われた全ての人々に共通することとして、暮らしには家族や親族などの単位があり、それは住まい手によって自ずと作られるフェンスや柵などで占有化されています。そうした領域を作り出すための住まい手自身による空間への介入には価値を見出すべきです。

次に、日本の現場もご紹介しましょう。『現場』とは、今、此処(ここ)、という意味を持つ言葉です。どこでも自分にとっての現場になる可能性はあります。イタイイタイ病の富山県旧婦中町は、ご承知のように、日本の四大公害病被害地域の一つで、神岡鉱山から排出されたカドミウムが神通川によって運ばれてきて、水や環境を汚染しました。特に経産婦を中心に、腎臓障害や骨折が頻繁に生じるようになるという被害が生じます。
私は原発事故の放射性物質の対応策を考えていたので、土壌汚染という点では同類であり、学ぶべきことがあるのではないかと伺いました。そこで知り合った被害者団体の事務局長のお話を伺い、これをしっかりと理解して、論文にしなければならないと考えました。

神通川流域の被害者団体は、訴訟に勝ったけれども、すぐには謝罪を受け入れませんでした。そして勝訴で勝ち取った、①健康被害の賠償、②環境汚染の除染と地域再生、③公害防止という約束を、加害者と共に実現してきました。そこには、被害者側が「緊張感ある信頼関係」と呼ぶ状態が生まれました。そして初めて、被害者は、謝罪を受け入れ、和解に至ったのです。
全面的な勝訴には至っていない福島と神通川流域の差異はあります。しかし一人ひとりの被害者、それぞれの被害地域にとって、上記の①②③は訴訟の結果に関係なく、獲得すべき三条件だといえるのではないでしょうか。

工学を目指す人へのメッセージ

これらは一例に過ぎませんが、現場にできるかできないかは本人次第です。どの現場にも学ぶべき価値があります。

研究者としては、やはりその価値を論文として世の中に届ける責務があると思います。論文は、学会に投稿して、匿名の査読者とのやりとりを経て、学会誌などに掲載されるというプロセスを経ます。このやりとりの中で、かけがえのない意見をいただくこともあります。たとえば「当事者性」という概念を投げかけていただいたことがありました。外部者として現場に立つとき、どうしても当事者にはなれません。にもかかわらず現場に関わることに、ひっかかりを感じている時期でした。そのとき匿名の査読者の「当事者性」という言葉によって、「当事者性」の共有という方法に着目することができたのです。
実践と論文の往還が、地域デザインの研究には欠かせません。

地域デザインとは、実践の中で何らかの行為を行うという応答です。関係性の中での状態を作り出すという行為だからです。
工学の中の一分野としては、少し枠をはみ出しているかもわかりません。しかし現代社会を大きな視野で捉えながら、批評的精神を忘れずに、実践を通じて、現場に関わっていくという地域デザインは、人生を賭して取り組んでもなお余りある、奥の深い分野です。人や社会や自然や環境といった大きな言葉に、自分なりの意味を見出し、価値を考える面白い分野です。ぜひ自分の現場だと思えるように、現場でじっくりと考えてください。

PROFILE

窪田 亜矢 教授|くぼた あや


東北大学大学院工学研究科 都市・建築学専攻

東京都生まれ。東京大学工学部都市工学科、同大学院修士課程修了、株式会社アルテップにて都市設計業務に従事したのち、コロンビア大学大学院歴史的環境保全専攻修士課程、東京大学大学院博士課程を修了、博士(工学)。東京大学助手、工学院大学講師・准教授、東京大学准教授(都市デザイン研究室)・特任教授(地域デザイン研究室)等を経て、2023年4月より現職。早稲田大学大学院社会科学研究科にて非常勤講師も継続中。2020年、イタイイタイ病研究支援部門 神通川清流環境賞 最優秀賞受賞。

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