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数学の世界へようこそ
– 超低温研究分野における数学の貢献 –
福泉 麗佳 准教授
東北大学大学院情報科学研究科 システム情報科学専攻
私は数学の研究者です。もし、数学を大きく「代数学」「幾何学」「解析学」と分類するとすれば「解析学」が専門分野です。 解析学の中でも「偏微分方程式」と呼ばれる、様々な自然現象を記述するために使われる方程式の研究をしています。例えば、流体、熱伝導、波の伝搬、金融工学、などの現象を解析するために偏微分方程式は使われています。 量子力学の基本的な方程式も偏微分方程式です。私は特に、極低温環境下で発現する超流動や超伝導現象を解析するために使用される量子物理モデルの数学的基礎研究を行っています。近年は、確率項を含む非線形分散型波動方程式に対して、解の意味づけをはじめ、ソリトンや渦などの定常解のゆらぎ度合、解の分布の時間無限大における平衡状態への収束など、確率偏微分方程式の手法も駆使した厳密理論を展開しています。
初めは苦手だった算数
今、 数学が好きかと聞かれたら、好きな方だと思うし、そして、好きなことを仕事にできて幸運だと思うのですが、小さい頃から数学が好きだったわけではなく、小学生の時、算数はむしろ苦手でした。 田んぼや畑に囲まれた田舎の学校に通い、塾も私立校受験も無縁、ただ、母が音楽の教員をしていた影響から、3歳くらいからピアノを習っていました。 高校までは音大受験を目指してピアノの先生に師事していたのですが、「あなたはピアノを体で弾いてない、頭で考えて弾いている。」と言われたこと、 高校のとき友達が解けない数学の問題を解けたりすると快感だったこと、「数学が出来る人=頭が良い」イメージがあり憧れだったことから、大学の数学科を目指すことにしました。 大人になって再会した幼馴染から、「高校のとき『数学者になりたい。』って言ってたよね。」と言われました。私にはその記憶は全く無いのですが、振り返るとその時から数学に興味があったんだと思います。 でも、どうしたら「数学者」になれるのでしょうか?大学の数学科に入学した私は、サークルに明け暮れて単位もぎりぎり、成績も全然良くなかったです。大学生の時の先生に「大学の先生になるためにはどうすればよいですか?」と質問したところ、「そのためにはまずは論文が書けないといけないね。」と言われ、大学の先生=研究者ということに気づき、大学院に進学することを決意し、サークルをやめて勉強に専念しました。 当時、私の能力を見据えてというのもあるかもしれませんが、明らかに「女だから無理」という理由づけで、大学院進学を私に勧めない多くの人たちに遭遇しました。でも、「新しいこと、人と違うことが大好き」な私は、当時女子大学院生がほとんどいなかった数学分野に敢えて挑戦しました。
憧れの研究者との出会い
女子学生がほとんどいないという境遇が、自分にどんな影響を及ぼすのかなど全く考えずに大学院に進学しましたが、男性研究者ばかりの中、研究集会に参加しても孤立することが多く、一方的に外見を評価されたり、逆に私と共同研究をした男性研究者は「下心がある」と揶揄されたり、同時にその当時「女は30歳前に結婚できないと手遅れ」的な変な社会圧力と、その前の時代の「キャリアで成功するためには結婚せず仕事を選択しなければならない」的な精神が混在していて、この先どのように生きていけば、何を目標にしていけば良いのか、自分にとって何が大切なのかを見失いました。
大学院博士課程の学生時代に、私の指導教員の先生が海外から共同研究者を呼び、東北大で講演会を主催して下さいました。その時、フランス人の女性研究者が堂々と講演をされているのを見ました。 講演会後のティータイムで知ったのですが、彼女は当時30代前半だったと思います、既に小学生の娘が2人いて、毎日学校に送り迎えをしながら研究をしているとのことでした。フランスでは普通のことだったのかもしれませんが、日本では2人の子育てをしながら研究活動をしている同じ分野の女性研究者に出会ったことがありませんでした。 さらに、彼女は当時、確率偏微分方程式論を初めて非線形分散型方程式に、特に確率的な効果が顕著に現れるような工学・物理モデルに対して適用し、新しい分野を始めた研究者のうちの一人でした。 大きな衝撃を受け、「どうしたらそのようなことが可能になるのか」と湧き上がる思いを感じたことを、今でもはっきりと覚えています。 学位取得後、日本学術振興会海外特別研究員という制度に応募しました。 応募するためには海外の研究機関の受入研究者を探さなければいけないのですが、迷わず彼女に申し込み、採用され、2年間パリで研究活動を行いました。 彼女だけでなく、滞在先で出会った多くのフランスの研究者達と交流・議論し、パリの数学のレベルの高さに刺激を受け、女性がどのように育児と両立しながら研究活動を行っているのか、日本とフランスでは環境や保障制度、人の考え方がどのように違うのか、フランス語を勉強して実際に自分の目と耳で確かめました。 2年間の研究期間を終えた後は、男女差別と女性研究者への偏見がまだまだ多く残っている日本にはっきり言って帰りたくありませんでした。でも、彼女や他のフランスで活躍する研究者たちから学んだことを日本で役立てることを目標にして、現在、私は小学校1年生と4歳の2人の息子を育てながら日本で研究活動をしています。 今でも彼女は共同研究者でもあり、良き友人でもあります。
日々の暮らし
大学の授業期間には、一般的な数学の基礎理論について学部で講義を行っています。自分の研究室の学生とは毎週1回、各々が一週間の間に本や論文を通して勉強したこと、発見したことを発表するセミナーを企画して、皆で議論をし理解を深める、ということをしています。 講義期間外では、国内や海外の研究集会に参加して研究成果を発表します。あるいは、共同研究者のもとに滞在して、毎日黒板の前に陣取って延々とお互いのアイデアをぶつけ、一つの大きな定理を作りあげる、という作業をしています。
性格的に、人前で話すのが本当に苦手です。初対面の人には極度に構えてしまい上手く話せないですし、できれば前に出たくないタイプなのですが、講義や講演をするのは私の仕事なので、気持ちを強くして何とか踏ん張っています。誰もがある程度はそうだとは思うのですが、本番に弱くて、大学受験も大学院受験も職探しの面接も失敗することの方が多かったです。 念入りに準備していても、学会の発表や講演会のステージに立つと、いつも緊張して自分の意見が言えなかったりします。
プライベートでは、夫と2人の息子の4人家族です。 夫も同じ大学で分野は全く異なりますが、研究者をしています。 運よく同じ大学で夫婦共に仕事が見つかったので、なんとか子育てと仕事を両立することができています。 夫のサポートのおかげで、海外出張にも何度も行っています。 息子達が熱を出した時も、夫が仕事を休んでくれたりするなど、(夫の休みを認めてくれる夫の上司にも)本当に感謝しています。 基本的に、私の業績は私の脳ミソから排出されるので、紙と鉛筆を持って一人で集中して考える時間が貴重なのですが、乳幼児の面倒をみながらそのような時間を持つのは至難の技、夫の両親も私の両親も仙台からは遠方に住んでいて簡単には助けてもらえない、そんな中、東北大学には病児後保育を含む学内保育園が設備されており、小さい子供を持つ研究者の支援事業として、ベビーシッター料の補助や支援事務員派遣を行っており、随分助けられました。
工学を目指す人へのメッセージ
「工学を目指す人へのメッセージ」…もとい、「数学を目指す人へのメッセージ」です。 数学を研究する能力に性別の差はないと思います。 この時代になっても「女子は、数学に弱いから数学は向かない」と聞こえたら、それは、そういう偏った教育を受けてきた人たちの言葉だと思います。 自分の思考や行動についてメディアに流されたり習慣に従うということをやめ、理論的に理由をつけ、是非自分の考えを持つようにしてみてください。